色がないと言われた人生が、自分だけの色に出会うまで
宿命翻訳学は、学問を作ろうと考えて、外から知識を集めて組み立てた理論ではありません。
私自身の人生の中で生まれた違和感や挫折、再出発の意味を問い続ける中で、自分自身のことが見えてきたプロセスを人生を探求する学びとして体系化したものです。
十代の頃、私は友人から「色がない」と言われたことがあります。
その言葉は、長い間、どこかで私の中に残っていました。
自分にはわかりやすい個性がないのかもしれない。
人にわかやすく覚えてもらえるような特徴がないのかもしれない。
そんなふうに感じていた時期もありました。
けれど今、当時を振り返るとこう思います。
おそらく、色がなかったわけではありません。
それは、わかりやすい色ではなかったため、私も友人もはっきりとその色を認識できなかったのです。
私の個性は集団の中で目立つものではありませんでした。
わかりやすく評価されるものでもありませんでした。
けれど、私の人生の中で、その色の兆しは現れていました。
物事の本質を見抜こうとすること。
なんとなくの違和感を感じること。
人生の奥にある文脈を読み解こうとすること。
経験から学んだことを自分なりの体系へ組み直そうとすること。
それらは、当時の私には、はっきりとした個性や才能として見えていたわけではありません。
けれど、私の人生には、その資質の芽が何度も現れていました。
ただ、それをまだうまく翻訳できていなかったのです。
人生に現れていた資質の兆し
十代の私は、表面的にはおとなしく、周囲に合わせようとするところがありました。
勉強も部活動も友人関係も、自分の内側から強い情熱が湧いていたというより、どこか「ちゃんとしなければ」「馴染まなければ」という感覚の中で頑張っていたように思います。
だからこそ、「色がない」と言われたとき、その言葉は深く刺さりました。
けれど、その後の人生を振り返ると、私の資質は別の場所で少しずつ顔を出していました。
大学時代には、ゼミの教授から「物事の本質を見抜く力がある」と言われたこともありました。
普段はみんなと同じような学生生活やサークル活動をしつつも、いつも一人で映画館に行ったり、本屋に通ったり、文学や思想に触れながら、表面的な答えではなく、物事の奥にある意味を探していたように思います。
社会人になってからは、システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、次第にプロジェクトマネジメントや業務の仕組みを設計することに関心が移っていきました。
二十代後半には、ビジネスや思想、人の生き方に関する本を大量に読み、数年で千冊を超えるほど、本に没頭していました。また、休日には勉強会に出かけ、さまざまな人と会い、人生の学びを深めていました。
その行動は知識や人脈を増やすためというより、自分の中で求めるまだ形にならない何かをずっと探していたのだと思います。
また、三十三歳で独立し、個人向けのコーチング事業と法人向けのWebコンサルティング事業を始めました。
その後、法人化して会社を設立し、スクール事業や個人事業のプロデュースなど、人の可能性や魅力の表現、それを活かした事業づくりをサポートするサービスを展開していきました。
今振り返ると、そこには一貫した流れがありました。
人の中にある可能性を見たい。
人の魅力をメディアで表現したい。
人の人生が動き出すための仕組みをつくりたい。
その願いは、すでに人生の中に現れていました。
けれど当時の私は、それを俯瞰して理解していたわけではありません。
自分に何があり、どのような環境でその力が自然に流れ、どのような役割では苦しくなるのか。
そこまでの解像度では、自分を理解できていませんでした。
だから私は、何度も環境とのズレを経験してきたのだと思います。
うまくいかない経験の奥にあったもの
私の人生には、思うようにいかなかった経験もたくさんあります。
受験で望む結果を出せなかったこと。
独立後に最初は事業が軌道に乗った一方で、自分のやりたいことが見えなくなっていったこと。
事業がうまくいかなくなり、社会から離れるような時間を過ごしたこと。
会社員として再び働き始め、マネージャーとして昇進したり、ある程度周囲に認められながらも、役割や環境とのズレに苦しんだこと。
一つひとつを見れば、失敗や停滞に見える出来事かもしれません。
けれど、それらは単なる遠回りではなかったと感じています。
むしろ、今となっては必要な経験だったとも感じています。
新卒でシステムエンジニアとして大きな組織の中で働いたこと。
思い切って独立したこと。
人の可能性に関わる仕事をしたこと。
事業をつくり、崩れる経験をしたこと。
もう一度組織に戻り、マネジメントや業務設計、経営管理に携わったこと。
東京を離れ、軽井沢の近くで暮らしながら、自分の内側に向き合ったこと。
それらは、どれも宿命翻訳学の土台になっています。
ただし、さまざまな経験を重ねたから、自然と自分の資質や環境のズレに気づけたとも思っていません。
経験を重ねただけで、自然とその意味を理解できるわけではないからです。
なぜ苦しかったのか。
何が合っていなかったのか。
本当は何を望んでいたのか。
どのような環境なら自分の力が自然に流れたのか。
そう問い続けて、人生を深掘りすることで、はじめて経験は人生を読み解く手がかりになります。
私自身、ずっとその問いを持ち続けてきました。
だからこそ、これまでの経験が一つの学びとして結びつき、宿命翻訳学という形になったのだと思います。
宿命翻訳学は、未翻訳の人生から生まれた
私の人生には、資質の兆しが何度も現れていました。
けれど、それを自分の人生を導く意味として、十分に翻訳できていたわけではありません。
「本質を見抜く力がある」と言っていただけものの、その力を何に向ければよいのか。
人の可能性に関わる仕事に惹かれても、それをどのような思想や体系として育てればよいのか。
独立しても、なぜ自分のやりたいことが見えなくなるのか。
組織の中である程度評価されても、なぜどこか苦しくなるのか。
当時は、まったくわかっていませんでした。
けれど、それらはすべて「翻訳される前の人生」だったのだと思います。
資質はあった。願いもあった。
でも、それらを自分の人生の中でどう活かせばよいのかが、まだ十分に理解できていなかった。
だから、合わない環境で頑張りすぎたり、役割を引き受けすぎたり、自分の本質とは違う形で力を使おうとしたりしていたのだと思います。
宿命翻訳学は、そのような未翻訳だった人生を読み解く中で生まれました。
宿命を、人生を決めるものとして扱うのではなく、その人の中にある資質や環境を読み解く手がかりとして見る。
命式を、性格分類や運勢予測として扱うのではなく、その人の資質や人生に現れている違和感、葛藤、可能性を翻訳するための素材として使う。
悩みを、ただの問題として片づけるのではなく、そこに隠れている環境とのズレ、本当の願いを見つける入口として見つめる。
そこから、宿命翻訳学が少しずつ形になっていきました。
人生は、あとから翻訳されていく
人生は、最初からわかりやすく整って事象が現れるわけではありません。
その時には意味がわからない出来事もあります。
なぜうまくいかないのか理解できないこともあります。
失敗にしか見えないこともあります。
自分には個性がないのではないかと感じる時期もあります。
けれど、あとから振り返ったとき、そこに一つの流れが見えてくることがあります。
あの失敗があったから、資質は使い方や環境によって変わるのだと知った。
あの崩壊があったから、理想だけではなく、現実の土台が必要だとわかった。
あの経験があったから、組織や仕組みの中で人がどう消耗するのかを理解できた。
あの違和感があったから、本当の役割に気づくことができた。
人生は、あとから翻訳されていきます。
ただし、それは時間が経てば自動的にわかるものではありません。
問いを持ち、違和感を見つめ、出来事の奥にある資質や環境を読み解いていく。
その過程を通して、はじめて人生の経験は、自分の力になっていきます。
宿命翻訳学は、そのための学びと言えます。
過去を否定するためではありません。
人生を早く正解にたどり着かせるためだけのものでもありません。
その人の人生にすでに現れていた資質や願いを見つめ直し、これからの環境や役割、関係性や表現を、自分に合う形へ整えていくための学びなのです。
自分の色がまだ見えていない方へ
もし、まだ自分の色がわからないと感じている人も、まだはっきりと認識できていないだけかもしれません。
人の資質は、いつもわかりやすく現れるとは限りません。
若い頃にすぐ評価されるものもあれば、時間をかけて育つものもあります。
集団の中では見えにくくても、ある環境に置かれたときに自然に流れ出す力もあります。
誰かの基準では目立たなくても、その人の人生の中では何度も現れている資質があります。
大切なのは、それに気づくことです。
時間が経てば、誰でも自然に気づけるわけではありません。
同じ違和感を何度も繰り返していても、その奥にある資質や願いに気づかないまま過ごしてしまうこともあります。
だからこそ、人生を読み解く視点が必要なのだと思います。
宿命翻訳学は、自分の中にある色を見つけ、それを言葉にし、自分らしい形へと翻訳していくための学びです。
十七歳の頃、「色がない」と言われた私の人生は、長い時間をかけて、自分だけの色に出会いました。
その色を表現したのが、「宿命翻訳学」です。
そしてこれからは、この学びを通して、自分の色を探している人が、自分の資質と本当の願いに気づき、自分の人生を自分のものとして歩んでいくための灯りを届けていきたいと思っています。